どこまでも高みへ

アニメとゲームとアクアリウムのブログ。

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現在TVアニメ放送中のCLANNAD。
その実は非常にファンタジックで、かつ難解な物語です。
話を全部理解せずとも十分楽しめますが、理解すればその10倍楽しめると私は思います。

そこで思い切って自分なりの考察を文章にしてみました。
結構前から暖めてたモノなんですが、アニメも中盤、ということで。
かなりの長文、駄文で読みにくいかと思いますが、ぜひ一読を。そしてツッコミを。
完璧に悟って書いた文章ではないので色々矛盾点とかあると思いますので。

当然ネタバレ全開なので、CLANNAD全クリした人だけ読んでね。

clannad_kosatsu_2.jpg

1. 幻想世界

これはKeyのスタッフ自らネタバレしてくださっているので、そのまま引用します。

(幻想世界と現実世界との)明確な区別なんて存在しないんですよね。
ただ、そこにあるものの“見え方”が違っているだけ、と言いますか。

                    (CLANNADビジュアルファンブックより)

つまり幻想世界とは現実世界と表裏一体で等しい世界。
ことみの両親は「幻想世界」を「隠された時空」と仮定し、研究していたようです。
では実際どのような見え方の違いがあるか、以下列挙していきます。
左が幻想世界で見えるもので、右が現実世界にあるものです。
特に上二つが重要。

・僕=汐END後に幻想世界に飛ばされた朋也
・少女=町そのものであり、町と一体化した汐

・獣=人が作ったもの
・無感情に草を貪る獣=町の形を変えていく建造物(ファミレスや病院等)
・「僕」を助ける獣=現実世界で朋也が大事にしたもの
(風子にもらったヒトデ、渚にあげただんご大家族の人形)
・幻想世界の光の玉=現実世界の人々が人々の幸せを願う思い
・町(少女)が人々の幸せを願う思い=現実世界の光の玉
・幻想世界の距離=現実世界の時間
・小屋=タイトル画面の木

2. 光の玉

上でも一度述べましたが、ひとえに光の玉と言ってもそれは2種類あります。
幻想世界における光の玉と、現実世界における光の玉です。

光…?
…そう、光。
…向こうの世界に生きるたくさんの人の思いが、この世界では光として見えるように…
…向こうの世界では、私の想いが光として見えるはずだよ…
…私の思いは、世界の心…
…たくさんの光たちの幸せを願う心…
…もし大切な人が不幸になるのなら…
…それで、助けてあげてほしいの…

            (CLANNAD 幻想世界XIIより)

現実世界で見える光の玉には、町の人を幸せにする力を持っています。
朋也は、現実世界でヒロインやサブキャラ達を幸せにすることで、この光を集め、最終的に渚を助けます。これがCLANNADの目的です。
この光の玉の意味は、人が人を愛し、町を愛せば、誰もが幸せになれるということです。
町は大きな家族。だんご大家族ですね。


3. CLANNADの時間軸

CLANNADはいわゆる「ループ時空」の物語です。

幼少の渚、瀕死になる→町と一体化することで渚助かる
→朋也、渚と出会う→渚と結婚→渚出産、死亡→汐死亡
→朋也、幻想世界に飛ばされる→少女(町の意志)に出会う→少女と旅をする(現実世界の時間を遡る)→少女が倒れ、朋也、現実世界に戻る
→朋也、渚と出会う→町の人を幸せにして(ルート攻略)、光の玉を手に入れる→光の玉を一つ使って風子復活→渚出産、死亡→汐死亡
→……以下ループ……
→朋也、渚と出会う→今まで手に入れた光の玉を解き放つ→渚、町と分離して助かる→町の意志(少女)が元の場所(タイトル画面の木)に帰る→町に助けられた風子が気付く→おわり

おおざっぱに言うとこんな感じです。
赤字の部分が幻想世界、他が現実世界の出来事です。
ギャルゲーでは当たり前のマルチシナリオですが、ここまで深い設定をしてマルチシナリオを正当化させた麻枝氏には感嘆の一言です。


4. 渚の奇病

さて、Keyではお馴染みの難病奇病ですが、渚の病気にもしっかりした訳があります。
かつて古河夫妻が渚を雪の中に置き去りにし、瀕死にさせてしまった時、秋生は渚を抱いて願いの叶う場所(タイトル画面の木)にたどり着きます。
ここは幻想世界と現実世界の玄関口のようなもので、町の意志が存在する場所です。
ここで渚は町の意志と一体化することで一命を取り留めます。

しかし、町と同化した渚は、その後町が変化していくたびに微熱を出し、寝こんでしまうようになります。
やがて人々が変化した町を受け入れていくことで渚の熱も収まります。

事実、ファミレスや大きな病院など、人々が「変わった」と感じるたびに、渚は熱を出し、それを人々が受け入れ始めると元の元気な渚に戻っています。
朋也の電気工の仕事が、渚の病気の一翼を担っているとは、なんとも救えない皮肉ですね。
(余談ですが、渚が1年休学していたのは、坂道の桜並木を切ってしまったからだと思われます。)

さて、渚は朋也との子供を産む決意をしますが、子供を産むということは命を一つつくりだすことです。
しかし町の意志はただ一つであり、二つとは存在しえません。渚が町と同化している限り、汐は渚と共に存在することはできないのです。
渚は町の意志とともに汐にその命を渡し、息を引き取ります。その汐もやがて衰弱し、雪の降る日に息絶えてしまいます…。

ではどうすれば渚は助かるのか。
答えは簡単。渚が、同化した町と分離すればいい。
そしてそれを、朋也は何度も幻想世界と現実世界を往復することで成功させるのです。


ふー。とりあえず以上がCLANNADの自分なりの考察です。
すごい勢いで書きなぐったのであとあと訂正していくかもしれませんが。
しかし考察するのは楽しいなあ。この情熱をもっと別の方向に向ければいいのに。

clannad_kosatsu.jpg
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最近、友達に勧められてCLANNADを見ました。考察の中では深く共感できる部分も多かったのでこのサイトには感謝しています。

2009.08.17 15:16 URL | koyo #- [ 編集 ]













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